総会から一夜明け 『前』支部長となりました
昨日の京青税総会において「前」支部長となりました。
総会前の制度部例会(市木執行部の最後の事業)から多くの会員にお集まりいただき、総会とその後の懇親会、二次会にいたるまでお付き合いいただき本当にありがとうございます。
制度部例会では無償独占に始まり、資格取得の在り方、資格更新制度の是非について議論しました。次の税理士法改正に向けて準備が始まっており、近畿税理士会でも制度部から「タタキ台」とする資格の見直し案が提案されており、これに対する意見の募集も行われているところです。
私自身は資格取得に関しては「試験一本化」が到達点だと思っています。もちろん、現行の税理士試験の見直しも前提としてです。その意味において、近畿税理士会のタタキ台による短答式と論述式試験の導入という切り口には賛成です。試験一本化が急に実現するのも困難だと思っていますので、その前の一つのステップとして、現在のタタキ台はよく出来ていると思います(試験一本化が先にあるという前提であればです)。
以上は私の私見ですが、このタタキ台に対する意見の表明が青税(連盟になるのか京都支部で行うべきなのかは分かりませんが)から行うべきだと思っています。
総会での質問では先日行われた近畿税理士会会長補欠選挙に関する質問が多かったです。多かったというよりも1点を除いて全て補欠選挙に関する事柄でした。会員の興味がまさにそこにあったということだと思います。
ただ、1年間支部長職を全うした者としては些か残念でした。今年度は補欠選挙に対する対応のみを行ったわけではなく、それ以外にも多くの事業を行い、その報告をさせていただいたところで、質問をすべき事項が全くないほどきちんとした報告が議案書の中でできていたのであればそれはそれで良いのですが、他の事業に関しても興味を持っていただきたかったと思います。
武田新支部長にもぜひこの1年間がんばっていただきたいと思うと同時に、会員の皆様にもご支援、ご協力をいただきたいと思います。
その後の懇親会では1年間の慰労として多くの方から労いのお言葉をいただき、また最後の挨拶をする機会まで与えていただき、感謝しております。懇親会のシナリオを事前にいただいており、懇親会では私のお話しする時間はないものと思って油断しているところでしたので、自分で何を話しているのかよく分からないところでしたが、今年は京青税に関わっていただいた方全員に対する「感謝」の思いでいっぱいです。そのことがお伝えできたのであればうれしいです。
昨年の総会時やその懇親会時には「自分に1年間できるのかなぁ」という不安もありました。今の印象は全く異なり、「自分がやった」のではなく「支えもあってさせてもらった」という認識を持っています。副支部長以下、執行部や幹事の方々、事業にご参加いただいた方を含め、全ての会員に支えてもらってこの日を迎えられたのだと思います。
総会後の懇親会の場では時間の関係もあって、なかなか個別には感謝の思いをお話させていただくこともなかったのですが、ここは私のブログの部分ですので、その思いを述べさせていただきたいと思います。といっても、このブログがいつまであるのかは分かりませんが。
私をお支えいただいた3人の副支部長には随所で貴重なご意見をいただきました。私自身がバランス感覚をのないところもあったと思いますが、いろんな場面でご意見をいただきました。また副支部長には私の経験したことのない部についてフォローしていただくことを念頭に就任をお願いした経緯もあったのですが、十分にフォローしていただきました。
8名の部長には私のイメージする事業を具体化・現実化するために汗を流していただきました。
私よりも年長で青税暦の長い総務部長には、過去の歴史的な経緯についてご教授いただいたり、幹事会や総会も含めて各種会議の設営に奔走していただき、幹事数が多いこともあっていろんな面でご負担をおかけすることもあったと思いますが、1年間私の「女房役」としてご尽力いただきました。
初幹事→初部長となった広報部長には部長職就任に当たって不安もあったかと思いますし、担当副支部長もいない中での部会運営でしたが、私の基本方針を反映させた広報誌作りをいつも考えていただきました。静岡大学の小池幸造教授との対談に際しては一緒に静岡までお付き合いいただき、対談にお付き合いいただいたことが私にとっても良い思い出です。
研究部長は過去3年間、私が各場面で部長職を務めさせていただいた際に、副部長をおつとめいただいた、気心の知れている方です。今回研究部長も安心してお願いすることが出来ました。過去に私も研究部長をしていたこともあり、担当副支部長は置きませんでしたが、安心して研究部をお願いすることが出来ました。
制度部長とは今年度の開始前に今期扱うテーマなどについて話し合い、制度部では税理士制度に関しての重厚なテーマを扱うことを当初より考えていました。部長にはその意見の取りまとめや部会の運営に戸惑うところもあったかもしれませんが、最後の制度部例会ではその準備から安心してお願いすることもできました。私も部長同様「何かを変えたい」という思いを持っておりましたので、あっせんの要望書も「苦情の申出」とし、国税局からリアクションを取るという方法を選択しました。担当副支部長にも随所で貴重なご意見をいただきました。最後の最後で書面に「誤字」のあったことから各方面にご迷惑をおかけする場面もありましたが、これは私のチェックが甘かったことも理由です。
組織部は事業年度開始から事業も多く、部長には過去に京青税で部長職を努めたことのある方にお願いする予定をしておりました。試験予備校との折衝にはご苦労されたと思いますが、1年間その職務を全うしていただきました。合格者情報の収集には毎年のことですが苦労があったと思います。しかし、証票交付式などでの情報収集も含め、考えられる方法は取っていただきました。今年度は会員数が純減したこともあり、これについては次善策を講じなければならないと思いますが、この点は次期に引き継いでいただきたいと思います。
外報部長はKBSラジオと数ヶ所の大学での職業紹介セミナーがその事業でした。それ以前から京青税事業であったCSR研究会の仕事が残る中で、多くの事業の割り振りもできないこともあり、2種類の事業に絞ってお願いをしました。京青税によるラジオ放送は3年前に私が外報部長の際に京都三条ラジオカフェにて「タックスかふぇ」の開始が皮切りということもあって、思い入れのある事業の一つでした。対外広報の重要性は唱え続けておりましたが、ラジオに限りませんが今後も京青税として十分な対外広報を行って欲しいと思っています。クライアントから「先生、青税って知ってますか?」と聞かれるくらいにしたいですね。
マネジメント部も部長を中心に会員資質の向上をテーマとした今年度、私の思いを実現化する一翼を担ってもらいました。私は従来から「京青税には研究部が2つあった方が良い」と思っていました。そんな中、林支部長のときにマネジメント部が復活し、税理士実務に役立つ研究発表を行っておられました。そこでマネジメント部の趣旨をそのまま残しつつ、当時の副部長に部長をお願いした次第です。担当副支部長により作られた「ムチャ振り、まる投げ、思いつき」というマネジメント部の伝統を引き継ぎながら、制度部や研究部とはまた違った切り口で、業界のことを分析し、他業種との連携についても提案をしていただきました。
厚生部長も、初幹事→初部長です。京青税への入会間もないこともあり、最初は不安もあったかもしれませんが、部会の運営もスムーズで担当副支部長のフォローもあり、年の途中からは安心してお任せしておりました。特に盛り上がったのは長崎旅行でななかったかと思います。楽しい2日間を過ごさせていただきました。
これら執行部の皆さんに市木執行部を支えていただきました。過分なご支援をいただいたことを心より感謝しております。
また、正会員のうち、幹事となっていただいた方には幹事会でもご意見をいただき、一緒に京青税を運営する場面を見ていただきました。勤務の多い正会員の中にあって、勤務先事務所のご理解もいただきながら、時間を調整しつつ幹事会にご参加いただきましたこと、感謝しております。幹事経験のない方や浅い方にはよく分からない言葉が飛び交ったり、内容がよく分からない場面もあったかと思います。でも、分からないなりに聞いていて欲しいと思い、多くの方に幹事に就任していただいて良かったと思っています。今後の京青税を形作っていただけることを期待しています。
幹事ではない正会員には各部に分かれて活動し、部長を支えて一緒に事業を展開していただきました。事業を通じて京青税に触れていただくことができたのではないかと思います。また、特別会員の中でも各部に入っていただいた方にも、各部部長をお支えいただきました。
そして、多くの特別会員の方とも接した1年間でした。随所でご意見をいただいたり、夜半までお話をさせていただいたり。特に補欠選挙の議論が行われる時期には、連絡を密に取りながらお話させていただきました。最終的には私自身が判断をした次第ですが、そこにいたるまで、歴史的な経緯についても教えていただいたり、貴重なお話をいただきました。
この1年間、朝起きてから夜寝るまでの間に青税のことを考えない日はなかったと思います。これは支部長になることを決めてからですから、1年ではなく実質的には1年半くらいになるのでしょう。その間、これら多くの方にお支えいただき、平成19年度の京青税を運営し昨日の総会を迎えることができたこと、それを実感できたことが何よりの「得たもの」だと思っています。
最後に、1人の女性の話を書いて終わりにしたいと思います。それはウチの家内のことなのですが、昨年、支部長になることを決めた際に、一度相談しました。相談というよりも、決めたので・・・という報告であったかもしれません。そのことは私の性格をよく知っている彼女はよく分かっていたのだと思います。「1年間、帰りの遅くなる日も多くなるし、週末も全青理事会や各種事業などで不在がちになる」と。あわせて「自分がしなければならないと思っている」その意義についても話し、そのことを理解して欲しい旨の話をしました。しばらく考えた後「分かった。存分にやってきて」と彼女が言ってから1年間、青税のことで不満を言われた記憶がありません。おかげで青税に集中することができました。
これら全ての人たちに支えられ、今年1年間があったのだと感謝の気持ちでいっぱいです。
1年間本当にありがとうございました。

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